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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)2546号 判決

原告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右訴訟代理人弁護士

井野口有市

右指定代理人検事

小林克己

外五名

被告

中井シッピング株式会社

右代表者代表取締役

中井一郎

右訴訟代理人弁護士

山中順藏

被告

河野玉文

右訴訟代理人弁護士

宮永堯史

被告

濱本忠男

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金一五一六万八〇五八円及びこれに対する昭和五五年四月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、海上自衛隊阪神基地隊所属掃海艇「たかみ」(基準排水量三八〇トン、以下、単に「たかみ」という。)及び同「いおう」(基準排水量三八〇トン、以下、単に「いおう」という。)を所有するものである。

(二) 被告河野玉文(以下、被告河野という。)は、第五神山丸(総トン数一二・七九トン)の船長である。

(三) 被告濱本忠男(以下、被告濱本という。)は、第三泉丸(総トン数一九・六三トン)の所有者であり、かつ船長である。

(四) 被告中井シッピング株式会社(以下、被告会社という。)は、海上運送等を業とするものであるところ、第五神山丸の所有者河野忠行及び被告濱本との間において、昭和五四年一月一三日右各船舶につき定期傭船契約を締結したが、右契約は、「船舶の使用に関する一切の命令指示等の権限は被告会社に属する。」「傭船料は一か月五〇万円(河野忠行)、五二万円(被告濱本)とする。」「被告会社は、航海数に応じ(船長らに対し)繁忙手当てを支給する」「本契約の有効期間は向う一ケ年とし、契約当事者から解約の申出がない場合は、自動的に更新される。」こと等をその内容とするものであつた。

2  本件事故の発生

(一) 「たかみ」及び「いおう」は、昭和五五年四月三〇日、東神戸航路に沿つた神戸市東灘区魚崎浜町三七番地所在の海上自衛隊阪神基地隊東岸壁に、内側(西側)から「いおう」「たかみ」の順に船首を沖合い(南方向)に向け、並列して係留されていた。

(二) 同日午後三時五五分ころ、被告会社からの指示を受けた被告河野及び同濱本は、第五神山丸及び第三泉丸をロープで縦列に連ねてそれぞれの船を操舵し、鋼管を満載した訴外株式会社トーメン所有の無機力運貨船KT―五(自重二〇〇〇トン、載貨量七〇〇トン、以下「本件バージ」という。)をえい航しつつ東神戸航路の沖合いを三ないし四ノットの速度で西進していたところ、左前方約一キロメートルの海上に六甲埠頭から大型船がえい船に引き出されて出航しようとしているのを発見した。

(三) そこで、被告河野及び同濱本は、右大型船との衝突を避けるため、第五神山丸及び第三泉丸を右(北側)に回頭し、東神戸航路に避航進入させたところ、同日午後四時ころ第五神山丸は「たかみ」の左舷すれすれに接近して航過し、続いて第三泉丸も同艇の左舷側を五ないし一〇メートル離れて右転しつつ航過したが、その直後、えい航されていた本件バージの左舷前部角が「たかみ」の左舷防舷材付近をこすり、続いて後部角が同艇の左舷前部に再度衝突した。

(四) 右衝突により「たかみ」は右舷側に三ないし五度傾きながら船体前部が岸壁側に移動しつつ船尾側に約三メートル後退したため、「たかみ」の右舷側(岸壁側)に係留していた「いおう」に衝突した。

(五) このため「たかみ」は、船体左舷数か所にわたつてフレーム(肋骨材)に折損・亀裂、外板材に破孔、溝状の削抉痕、船体内の外板・防舷材・横隔壁・甲板フレーム等に折損・亀裂を、「いおう」も、上甲板左舷の上部防舷材緊締部に亀裂をそれぞれ生じ、原告は後記損害を被つた。

3  責任原因

(一) 被告河野及び同濱本の責任

(1) 被告河野は、第五神山丸の船長として、他船との衝突を避けるため常時適切な見張りをし、十分に余裕のある時期に衝突を避けるための動作をとるべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と航行したため、えい船に引き出されて出港する大型船の発見が遅れ、同船との距離が約一キロメートルの位置に迫つてようやくこれを発見したため適切な避航時機を失し、かつ、海上に船舶が航行しておらず衝突のおそれのなかつた進路左(南側)の方向に避航しようとしなかつた過失及び被告濱本にも第三泉丸を右舵させて避航措置をとらせなかつた過失により、本件事故を発生させた。

(2) 第三泉丸は第五神山丸と本件バージとの間にあつて主としてえい航馬力を増強する役割を果たしていたものであるが、そのような場合であつても、第三泉丸の船長たる被告濱本としては、被告河野と同様の適切な見張りをなすべき義務、衝突回避義務を負つていたにもかかわらず、これを怠り、漫然と自船を第五神山丸に追随させたため、他船と衝突の危険がある旨を被告河野に連絡・警告して衝突を回避するための左舵又は早期の右舵による避航措置を第五神山丸にとらせることも、第五神山丸が右に回頭すると同時に、本件バージと「たかみ」との接触を回避させるべく第三泉丸を最大限右に回頭することもしなかつた過失により、本件事故を発生させた。

(3) 本件事故は、第五神山丸と第三泉丸とが縦列に連なり、協働し一体となつて本件バージをえい航中に被告河野及び同濱本の各過失により発生したものであるから、右両被告の共同不法行為に当たるというべきである。したがつて、右被告らは、民法七〇九条・七一九条により、本件事故により生じた後記損害を連帯して賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社の責任

被告会社は、前記のような内容の定期傭船契約に基づき、被告河野及び同濱本に対し、第五神山丸及び第三泉丸の運航に関する命令を発し、右各船を一定期間専属的に自社の営業のために使用し(各船の煙突には被告会社のマークが表示されていた。)収益していたものであるから、右各船の賃借人と同様の法的地位にあつたものというべきである。したがつて、被告会社は、商法七〇四条一項の準用により、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

4  損害 一五一六万八〇五八円

(一) 船体修理費 一四五七万円

(1) 「たかみ」が、本件事故によつて受けた前記のとおりの損傷を復旧するため、昭和五五年五月二六日から同年六月二三日までの間日立造船株式会社広島工場で修理工事が実施されたが、原告は、その修理費用として、一四一八万円の支出を余儀なくされた。

(2) 「いおう」が、本件事故によつて受けた前記のとおりの損傷を復旧するため、昭和五五年六月六日から同月二三日までの間内海造船株式会社田熊工場において修理工事が実施されたが、原告は、その修理費用として、三九万円の支出を余儀なくされた。

(二) 回航費用 二二万三五二六円

「たかみ」の修理のため、同艇は阪神基地隊から修理工場までの間回航(往復)せざるを得ず、そのため原告は、燃料費として燃油(軽油二号)費一六万七七六〇円、潤滑油費一万二七七六円のほか、防衛庁職員給与法一七条の規定により乗組員に支給する航海手当四万二九九〇円の支出を余儀なくされた。

(算式)

燃油(軽油二号)費

昭和五五年上期調達実施本部購入価格六万九九〇〇円×使用量一・二キロリットル×二(往復)=一六万七七六〇円

潤滑油費

右同価格一五万九七〇〇円×使用量〇・〇四キロリットル×二(往復)=一万二七七六円。

(三) 滞在費用 二八万〇九二二円

原告は、「たかみ」の修理期間中、光熱水料として電力料八万六六三二円、清水料二万二三三〇円のほか、右(二)と同様乗組員に支給する航海手当一七万一九六〇円の支出を余儀なくされた。

(四) 旅費 九万三六一〇円

「たかみ」の修理工事の着工立会及び完成検査のため海上自衛隊呉造修所の係官一名が二度修理工場に赴かざるを得なかつたが、その費用は、着工立会分一万四九七〇円、完成検査分一万一三六〇円であり、本件事故調査及び賠償交渉のため呉地方総監部及び呉造修所の係官延三名が二度阪神基地隊に赴かざるを得なかつたが、その費用は、事故調査分二万一七六〇円、賠償交渉分四万五五二〇円であつた。原告は、本件事故により、右費用計九万三六一〇円の支出を余儀なくされた。

よつて、原告は、被告らに対し、各自右損害の合計金一五一六万八〇五八円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五五年四月三〇日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

1 請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実のうち被告会社が海上運送等を業とするものであることは認めるが、その余の事実は否認する。ただし、被告会社が河野忠行及び被告濱本との間で、それぞれ定期傭船契約との標題を掲げた書面をとりかわしており、同書面に原告主張のような条項が記載されていることは認める。

被告会社と河野忠行及び被告濱本との間の契約(以下、本件契約という。)は、運送委託契約であつて、船舶の賃貸借契約と船員の労務供給契約との混合契約たる定期傭船契約の実質を有するものではない。すなわち、被告会社は、第五神山丸及び第三泉丸に無機力運貨船の運送を委託しているにすぎず、各船の運航のための燃料費等は河野忠行及び被告濱本が負担し、同被告らに支払われる対価も定額ではなく、運航時間に応じて算出される金額であつて、被告会社が右各船を賃借して運航しているという関係は存在しない。更に、運送行為についての指揮命令も被告会社が下すのではなく、各船の船主が自らの責任において運送業務を行つているのであつて、被告会社は船員の任免をすることもできず、各船を占有してもいない。本件契約について、定期傭船契約と題する書面を作成してそのような体裁をとつているのは、海運局の行政指導に表向き従つているようにみせかけているだけのことである。

2 請求原因2の事実は知らない。

3 請求原因3(二)の事実は否認する。

本件契約が定期傭船契約でなく、被告会社が本件各船の賃借人と同様の地位にあつたものでないことは、1に述べたとおりである。

4 請求原因4の事実は否認する。

仮に原告主張のような損害が生じたとしても、その損害は通常予見することのできない特別損害であり、本件事故と相当因果関係に立つ損害とはいえない。

(被告河野)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2(一)ないし(三)の事実は認めるが、(四)(五)の事実は知らない。

3 同3(一)の事実は否認する。

本件事故は、被告河野にとつて不可抗力ないしそれに近い状況の下に発生したものであり、仮に過失があるとしても極めて軽度のものである。

4 請求原因4の事実は否認する。

仮に原告主張のような損害が生じたとしても、その損害は通常予見することのできない特別損害であり、本件事故と相当因果関係に立つ損害とはいえない。原告主張の修理については、「たかみ」をわざわざ広島まで回航して修理していること、修理用材も社会通念上許容され難い高価なものを使用していること、損傷部位のみの材の修理取換えで済むところをそれ以上に外板を一枚丸ごと取換えている部分もあること、「たかみ」の工賃が不当に高額であること等の事情があり、これによれば、不当に過剰な修理をしているというべきである。原告主張の各船の損傷の修理費としては、一〇〇万円程度が相当である。

(被告濱本)

1 請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2 同2(一)、(三)、(四)の事実は認める。(二)の事実も認める。同大型船は、約一キロメートル前方の地点で突然動き出したものである。(五)の「いおう」が損傷したことは知らない。

3 請求原因3(一)の(2)(3)の各事実は否認する。

第三泉丸の船長である被告濱本としては、前方には第五神山丸、後方には本件バージがあり見通し区域が限られているため、前方の見張を厳にし前方からの衝突の危険を判断してこれを防止するのに適切な行動を即座にとることができず、もつぱら先頭船の船長の指示に従つて航行するよりほかない立場にあつたものであり、本件衝突の際も、被告河野からの無線連絡による指示だけで航行し、かつ、同被告の指示に従つて右旋回したものであつて、独自の判断で右のような行動をとつたものではない。その上、右旋回する際、右舵一杯をとれば自船が前後から引張られるばかりでなく船腹に水圧を受けることになつて横転する危険があるため、右舵をとるにも限度があり、被告濱本としては、同河野の指示に従いつつ危険防止のために最善を尽くしたものである。それにもかかわらず本件事故を回避することができなかつたのであるから、被告濱本には何ら過失はないというべきである。

4 請求原因4の事実は否認する。本件事故により「たかみ」に生じた損傷を回復するためには、神戸市内の中小の造船所に沖修理で注文すれば、一〇〇万円程度の費用ですむものである。

三  抗弁――過失相殺(被告ら)

原告は、①船舶通航量の多い東神戸航路に「たかみ」「いおう」を縦列に係留すべきであるのに並列に係留しており、②「たかみ」の左舷船首部及び船尾部から船体固定のためにワイヤーを用いていたが、標識等によりその存在を航行船舶に分かるようにしていなかつた。③また、「たかみ」「いおう」の在艇者による見張りが不十分であり、④「たかみ」と本件バージの接触部位に防舷物等の緩衝器材を備えていなかつた。これらは、原告の過失というべきであるから、六割ないし八割の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実を否認する。原告には本件損害賠償額の算定について斟酌されるべき過失は何ら存しない。すなわち、①「たかみ」「いおう」が並列して係留されていたことは前記のとおりであるが、その係留場所は、船舶係留施設として神戸港長に対し法定の使用開始届を提出していた自衛隊阪神基地隊の東岸壁であつて東神戸航路の中ではない。右航路の西端から岸壁までは約一一〇メートルの距離があり、両艇を並列に係留してもその幅は二二・三五メートルにすぎないから、右航路と「たかみ」の左舷との間にはなお九〇メートル近く間隔があり、右航路を通航する船舶に何ら通航障害となるものではない。また、並列に係留すること自体何ら禁止されているものでもない。②原告は「たかみ」の左舷の船首部及び船尾部から船体固定のために海中からワイヤーをとり、「たかみ」が「いおう」に接触しないようにしていたが、このワイヤーは被告らの船舶によつて切断されたものである。しかし、右ワイヤーがあつたために本件バージが「たかみ」に衝突したわけではないから、ワイヤーの存在と本件事故とは何ら関係がない。③係留中の船舶に航行中の船舶と同様の見張り義務があるとはいえないばかりでなく、本件事故の際には、現に「たかみ」の当直員が被告ら船舶の接近を現認して「いおう」の当直員にこれを急報しているのであるから、係留船舶としては十分な見張りがなされていたものというべきである。④「たかみ」の乗組員らが本件バージとの衝突の直前、その左舷に防舷物を当てる措置をとらなかつたことは争わないが、不法に接近してくる他船の動きをとつさに予測することは不可能であり、間近に迫つてくる他船を目前にして自船の舷側に防舷物を当てる作業をすることは極めて危険なことであつて、そのような場合には、何よりもまず、乗組員を退避させる措置をとることこそが緊急で最善の方法であるから、そのような措置がとられたのである。のみならず、自重二〇〇〇トン、載貨量七〇〇トンで鋼船である本件バージが三ないし四ノットの速度で木造船である「たかみ」に当つた衝撃は極めて強いものであつて、仮に衝突部位に防舷物を当てていたとしても全く効果が期待できない状況であつたから、いずれにせよ右防舷物を舷側に当てる措置をとらなかつたことが原告の過失となるものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者

原告が海上自衛隊阪神基地隊所属掃海艇「たかみ」及び同「いおう」(いずれも基準排水量三八〇トン)を所有するものであること、被告河野が第五神山丸(総トン数一二・七九トン)の船長であること、被告濱本が第三泉丸(総トン数一九・六三トン)の所有者かつ船長であること、被告会社が海上運送等を業とするものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二本件事故の発生及び結果

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  「たかみ」及び「いおう」(いずれも全長五二メートル、幅八・八メートル)は、昭和五五年四月三〇日、神戸港東部第三工区東南端の一画にある東神戸航路に面した海上自衛隊阪神基地隊(神戸市東灘区魚崎浜町三七番地所在)の東岸壁に、内側(西側)から「いおう」「たかみ」の順に船首を沖合い(南方向)に向けて並列に係留されていた(この点は、原告と被告河野及び同濱本との間では争いがない。)。右東岸壁は、港則法(昭和二三年法律一七四号)五条五項の規定に基づく同法施行規則(昭和二三年運輸省令二九号)四条四項の規定により、神戸港長に対し、船舶係留施設として使用開始届が提出された適法な施設である。東神戸航路の西端から右東岸壁までの距離は約一一〇メートルであるところ、「たかみ」及び「いおう」を並列に係留してもその全幅は約二二メートルであつて同航路と「たかみ」の左舷側との間にはなお九〇メートル近くの間隔があるので、同航路を通常の方法で通航する船舶には何ら障害となることはない。また、同航路は、その幅が約三〇〇メートルであり、東神戸フェリー埠頭に発着するフェリーのほか多数の船舶が往来する。

2  昭和五五年四月三〇日午後三時五五分ころ、第五神山丸及び第三泉丸及び鋼管約七〇〇トンを積載した本件バージがこの順にロープで接続して縦船列(第五神山丸船首からバージ後部までの長さ約一七〇メートル)を構成し、被告河野が第五神山丸に、同濱本が第三泉丸に船長としてそれぞれ乗り組み、両船のエンジンを作動させて本件バージをえい航しつつ、神戸港第五防波堤に向けて、神戸市東灘区深江浜町東部第四工区の沖合(南)を三ないし四ノットの速度で東から西に向けて航行していた。被告河野は、縦船列が東神戸水路にさしかかつたところで、左前方(南西方向)約一キロメートルの海上に六甲アイランドM岸壁からえい船に引き出されて出航してくるリベリア船籍の大型船「プロスパー・ワールド」(四六八六・九四トン、全長一三七・二六メートル、幅一八・三メートル)を発見した。そこで、被告河野は、そのまま進航すれば右大型船やえい船に衝突する危険が生じるものと考え、これを避けるために、縦船列を右(北側)に回頭し、東部第三工区と同第四工区との間にある前記東神戸航路に避航進入して、右大型船の通過を待つほかはないと判断した。そして、被告濱本に対し、無線により「まわろうか。」と連絡し、同被告が「了解、まわるんならいまど。」と応答したのを受けて、午後四時ころ第五神山丸を右に回頭し、被告濱本もこれに続いて第三泉丸を右に回頭して、縦船列が東神戸航路に進入した。ところが、右両船舶は、回頭途中に東神戸航路をはみ出してしまい、前記のようにして近くに係留されていた「たかみ」の左舷のすぐ近くまで接近したものの辛うじて接触することなく右側に航過できたが、後続の本件バージが被告河野らの予想以上に大きな円孤を描いて旋回したために、本件バージの左舷前部の角が「たかみ」の左舷防舷材付近をこすり、続いてバージの左舷後部の角が同艇の左舷前部に衝突した(この点は、原告と被告河野との間では争いがない。)。

なお、被告河野らが、いま少し手前で各船舶を右に回頭しておれば、右衝突を回避することが可能であつた。

3  右のように本件バージに衝突されたことにより、「たかみ」は右舷側に三ないし五度傾いた状態で船体前部を岸壁側に移動しつつ、船尾方向に約三メートル後退したため、「たかみ」の右舷側(岸壁側)に係留していた「いおう」の左舷前部に衝突した。

4  本件事故当時の天候は小雨で、南西の風一・五メートル、海上は平穏で視程は一〇キロメートル以上であつた。

5  本件衝突により、「たかみ」は、フレームに折損・亀裂(船首楼甲板左舷四個)、外板に破孔、溝状の削抉痕(船首楼外板左舷一〇枚、船側外板左舷五枚、副舷側厚板左舷二枚)、防舷材(内防舷材左舷、下部五メートル、外防舷材左舷、下部三メートル、同七メートル)、横隔壁、甲板フレームに折損・亀裂等の損傷を生じ、「いおう」は、上甲板左舷の上部防舷材緊締部に亀裂を生じた。

三被告らの責任

1  被告河野の責任

被告河野は、本件縦船列の先頭を航行する第五神山丸の船長として、同船を操舵していたものであるから、航行中又は係留中の他船との衝突を避けるため適切な見張りをするとともに、前方に衝突の危険のある状況が生じていることを発見したときは、時機を失することなく、安全に衝突を回避するために必要な措置をとるよう操船し、もつて事故発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたものといわなければならない。

ところが、被告河野は、前方の見張りを十分にしていなかつたため、えい船に引き出されて出航しようとしていた大型船の発見が遅れ、同船との距離が約一キロメートルに迫つてようやくこれに気付いたことから、第五神山丸を右に回頭する時機を失し、結局本件バージを「たかみ」に衝突させて本件事故を惹起させたものであるから、被告河野には前記注意義務を怠つた過失があり、民法七〇九条に基づき本件事故により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

2  被告濱本の責任

被告濱本は、本件縦船列の二番目を航行する第三泉丸の船長として同船を操船していたものであるが、先頭船である第五神山丸と協働して本件バージをえい航する船舶の船長である以上、同被告もまた、航行中又は係留中の他の船舶との衝突を避けるため適切な見張りをするとともに、衝突の危険のある状況が生じていることを発見したときは、先頭を航行する第五神山丸を操船する被告河野からの指示を漫然と待つことなく、ただちに同被告に対し他船との衝突を回避するための適切な動作をとるよう注意喚起するなどして事故発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたものといわなければならない。

ところが、被告濱本は、前記二に認定したとおり、被告河野と同様、前方の見張りを十分にしていなかつたことから、大型船が出航しようとしているのを発見するのが遅れ、そのために、時機を失することなく避航措置をとるよう被告河野に注意を喚起することもしないで漫然と被告河野に追随して第三泉丸を右に回頭した過失により、本件バージを「たかみ」に衝突させて本件事故を惹起させたものであるから、同被告もまた、民法七〇九条に基づき本件事故により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

なお、被告濱本は、第三泉丸が第五神山丸と本件バージとの間にあつたという位置関係からして前後の船に視界を妨げられて見通し区域が限られ、そのために、被告河野に指示されて右回頭を始めるまで前方に大型船が出航しようとしている状況を認めることもできなかつたと主張するが、検証の結果によると第三泉丸の位置からでも進行方向の左前方、大型船が出航しようとしていたあたりを見通すことは十分可能であつたことが認められるから、被告濱本の操船する位置関係が右のようなものであつたからといつて、同被告が前記注意義務を免れることになるものではない。また、被告濱本は、縦船列を作つて航行する場合、二番目の船舶はもつぱら先頭船の船長の指示に従つて航行するよりほかない立場にあるものであり、本件でも被告濱本は先頭船の船長の指示どおりに操船したのであるから過失はないとも主張するが、第三泉丸も縦船列中の機動力のある船舶として、第五神山丸と協働して無機力船である本件バージをえい航していたものであるから、前記のごとき注意義務を免れるものではないというべきであり、したがつて、被告濱本にも前記のような過失があるものといわなければならない。

3  被告会社の責任

(一)  〈証拠〉によれば、被告会社と河野忠行及び被告濱本との間で、それぞれ原告主張のごとき合意内容を記載したいずれも昭和五四年一月一三日付の定期傭船契約書と題する書面が作成されており、これに被告会社代表者、河野忠行、被告濱本が記名捺印していることが認められるので、他に特段の事情のない限り、右同日被告会社と右両名との間にいわゆる定期傭船契約が締結されたものといわなければならない。

(二) しかるところ、被告会社は、右契約書は形だけのものであつて、被告会社と右両名との間の契約は定期傭船契約ではなく運送委託契約であると主張するので検討するに、〈証拠〉を総合すると、第五神山丸及び第三泉丸の運航のための燃料費は、被告会社ではなく、船主である河野忠行及び被告濱本において負担していたこと、定期傭船契約書に記載されている月額五〇万円(第五神山丸)、五二万円(第三泉丸)という定額の傭船料が実際に支払われたことはなく、船主に支払われる対価はすべて運航時間に応じて算出される金額であつたこと、被告会社が船長の任免をしたことはなく、その権限もなかつたこと、被告会社が第五神山丸、第三泉丸を自己の占有下においていたわけではないことがそれぞれ認められ、これらの事実からすると、右契約が船舶賃貸借契約と労務供給契約との混合契約たる性質を有するものと解される典型的な定期傭船契約とみることは困難といわざるを得ないかのごとくである。

しかしながら、前掲各証拠によれば、第五神山丸及び第三泉丸は、本件事故当時、専属的に被告会社の仕事に従事し、それ以外の仕事に従事することは全くなかつたこと、右各船の煙突には被告会社のマークがペンキで表示され、あたかも被告会社所有であるかのごとき外観を呈していたこと。右各船の運航については、被告会社が日常的に具体的な指示命令を発し、各船はその指示命令に従つて被告会社の海上運送事業に従事していたことが認められるので、被告会社としては、右各船をその企業組織の一部として、本件契約期間中日常的に指揮監督しながら、継続的かつ排他的・独占的に使用していたものといわなければならない。

(三) そこで、その契約関係をどのように命名すべきかの点は一応措くとして、実質上右のような関係にある被告会社について商法七〇四条一項を類推適用して、第五神山丸及び第三泉丸の惹起した本件事故の責任を同会社にも負わせることができるかどうかの点について、次に検討することとする。

商法七〇四条一項は、船舶を賃借して継続的かつ排他的・独占的に自己の支配下におき、これを使用して収益をあげる者は、船舶所有者と同様の企業主体としての経済的実体を有するものとみることができるから、当該船舶を商行為目的で航海の用に供したときは、その利用に関する事項につき第三者に対して船舶所有者と同一の責任を負わせるのが妥当であるとの趣旨に出たものと解するのを相当とするところ、被告会社が本件各船舶を日常的に指揮監督しながら継続的かつ排他的・独占的に使用して被告会社の事業に従事させていたことは前記認定のとおりであり、船舶所有者と同様の企業主体としての経済的実体を有していたものということができるから、その限りにおいて、被告会社は、前記契約関係をどのように命名するかにかかわらず、商法七〇四条一項の類推適用により、第五神山丸及び第三泉丸の航行に関し(本件のように、両船舶が鋼管を積載したバージを運送するために航行することが、商行為目的での航行にあたることは明らかである。)第三者に対し、船舶所有者と同一の責任を負うべきものと解するのが相当である。

そして、前記認定の事実関係によれば、本件事故は第五神山丸の船長である被告河野及び第三泉丸の船長である被告濱本が、その職務遂行中に過失によつて他人に損害を加えたものであることが明らかであるから被告会社は、商法六九〇条に基づき本件事故により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

四損害

1  船体修理費 一四五七万円

〈証拠〉によれば、請求原因4(一)の(1)の事実(「たかみ」の船体修理費支出)が、〈証拠〉によれば、同4(一)の(2)の事実(「いおう」の船体修理費支出)が認められる。

被告らは、右船体修理費は予見することのできない特別事情による損害であり相当因果関係の範囲を超えるものであると主張するが、事故により損傷した船体を修理することは通常一般に行われることであるから、その修理費が事故によつて通常生ずべき損害であることは明らかである。

もつとも、被告らの右主張は、本件船体修理費が不当に高額であり、過剰な修理をしているから、社会通念上相当と認められる額の範囲内に限つて本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるべきであるとする趣旨のものであるとも解することができるが、〈証拠〉によれば、「たかみ」「いおう」は、敷設水雷を排除し、艦船のために安全な航路を開くという目的を有する掃海艇であつて、磁気機雷に感応しないよう船体を木造にしているところ、木造の自衛艦を造修するについては、船舶の造修等に関する訓令(昭和三二年防衛庁訓令四三号)三条二項の規定により「自衛艦工作基準」が定められており、「たかみ」「いおう」の修理も右基準に基づいて実施されたものであること、本件事故で損傷を受けた「たかみ」「いおう」の外板用材、フレーム用材にはもともと柾目の米松が用いられ、ボルト・ナットは高力黄銅棒(特殊な真鍮製)が用いられていること、損傷部位の補修は単にその部位のみの応急手当では足りず、船体全体の強度の低下を招くことのないようその周辺部の構造材全部を取り替えるなどの配慮をすることが必要であること、右のような修理を実施するには、技術力も実績もある有力造船所に修理を委託するよりほかないこと、本件修理費の支払は国家予算の執行として所要の手続を経てなされているものであることが認められ(この認定に反する証拠はない。)、これらの事実によれば、本件修理が不要かつ過剰で、その費用も不当に高額であると認めることはできず、結局、前記船体修理費は、その全額が本件事故と相当因果関係にたつ損害であるというべきである。

2  その他の損害 五九万八〇五八円

(一)  回航費用 二二万三五二六円

〈証拠〉によれば、請求原因4(二)の事実が認められる。

(二)  滞在費用 二八万〇九二二円

〈証拠〉によれば、請求原因4(三)の事実が認められる。

(三)  旅費 九万三六一〇円

〈証拠〉によれば、請求原因4(四)の事実が認められる。

被告らは、右の(一)ないし(三)の損害は予見することのできない特別事情による損害であり本件事故と相当因果関係にたたないものである旨主張する。しかし、船舶が衝突事故により損傷した場合、その被害者が修理のため当該船舶を修理工場に回航し、修理期間中必要な燃料等を供給し管理すること及び衝突事故の原因・被害状況を調査し又は賠償請求のため相手方と交渉することは、いずれも事故の事後処理ないし紛争解決のため通常一般に行われる事柄であるから、そのために支出される費用は事故によつて通常生ずべき損害であるといわなければならないところ、本件においては、右各費用はその額からしても、本件事故の事後処理等のために必要かつ相当な費用とみるべきであるから、右(一)ないし(三)の損害は、本件事故と相当因果関係にたつものと認めるのが相当である。

五過失相殺

被告らは、本件事故発生につき、原告にも過失があつた旨主張するが、前記認定事実によれば、原告には本件事故発生につき何ら過失を認めることはできないし、本件全証拠を検討しても損害額の算定に際して斟酌するに値するような原告側の過失を認めることができないから、被告らの右主張は採用することができない。

六結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官加藤新太郎 裁判官浜 秀樹)

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